Profileプロフィール

好きな時に、好きな場所で、
好きなシゴトをする個人を創る。

星 渉 (ほし わたる)
作家、ビジネスコンサルタント
株式会社Rising Star代表取締役。

18歳の頃から、脳科学、心理学、NLP(神経言語プログラミング)を学び始める。学生時代には、予備校講師としてメンタルトレーニングを取り入れた独自の学習法を生み出し、合格率98%のカリスマ予備校講師とし話題になる。

大手損害保険会社に入社後は、科学的に裏付けされた心理行動学をベースにトップセールスとしての地位を確立。役員表彰を数多受賞し、史上最年少で1200億円を超える社内最大のプロジェクトメンバーに抜擢される。

2011年3月11日の東日本大震災を岩手県で被災し自身も命の危機に瀕する。
「本当に、人はいつ死ぬのかわからない。」と言う衝撃を受け、「いつ死ぬのかわからないのなら、自分の人生は自分が楽しいと思うこと以外には費やさない」と決意し退職、独立。

独立後、個人の起業家を対象に、科学的メンタル思考をベースとしたビジネス構築理論を確立。わずか5年間で講演会、勉強会には7,200人が参加し、手がけたビジネスプロデュース事例、育成した経営者は623名にも上る。「心を科学的に鍛える」事を中心に置いた独自のビジネス構築手法、起業家育成理論により、0の状態から起業する経営者を6ヶ月以内に月収を最低100万円以上にする成功確率は脅威の日本No.1の91.3%。

コンサルティングの申込みは常に殺到し倍率92.1倍を記録。1年以上待っても申し込めないことも。経営者や会社員のみならず、アナウンサー、医者、舞台女優、スポーツ選手、モデル、ファッションスタイリスト、放送作家、ベストセラー作家など幅広い世界から「新しい働き方を創造する権威」として絶大な支持を得ている。

その活躍は国内に留まらず、メルボルン、シドニー、ニューヨークで海外での日本人の講演会としては異例の全回100名越えの動員を記録し、地元紙でも大きく取り上げられる。

2016年から執筆業を開始。
『神メンタル 「心が強い人」の人生は思い通り』(KADOKAWA)15万部を突破。『神トーーク 「伝え方しだい」で人生は思い通り』(KADOKAWA)で2冊連続での10万部突破。著者累計35万部突破のベストセラー作家として現在は活動している。

東京と札幌の2拠点生活で
自由な人生を楽しむ!

『好きな時に、好きな場所で、好きなシゴトをする個人を創る。』
ということをビジネスコンセプトにしており、執筆作業を始め、ラジオや雑誌、テレビメディアなどへの出演。voicyをはじめとした自身のメディアで情報を伝えている。
自分自身も東京と札幌の2拠点生活を送り、仕事と自分自身の人生を楽しんでいる。

Storyストーリー

普通の会社員から、ベストセラー作家になるまでのリアル

自分の人生の時間は楽しいことにしか費やさない。
そう決めた、東日本大震災のあの日。

2011年、10月17日。私は会社員のまま生きるということを止めました。
きっかけは、その年の3月11日に起きた東日本大震災。その時、私は大手損害保険会社の営業として岩手支店に配属され、岩手県で営業活動をしていました。

中学生の頃から「社長になりたい!」「起業したい!」と思っていたけど、気がつけば大学を卒業して大企業に就職。会社の待遇も良く、仕事もやりがいがあって、結局はこのままサラリーマンで人生終わるのかな・・・、と思っていた30歳を目の前にした出来事でした。

震災の時に私がいた場所は幸いにも海からは遠い内陸の場所だったので、津波の被害に遭うことはありませんでしたが、それでも地震の揺れは未経験の震度7。
地面が割れ、電信柱は倒れ、電気・水道・ガスと言ったライフラインも止まりました。 ライフラインがない生活を送り、いかに当たり前の毎日が恵まれていたのかを実感しました。

数日後にライフラインが復活。

しかしながら、これでひと安心というわけではありませんでした。
私が当時勤めていたのは損害保険会社。地震保険を取り扱うのが損害保険会社です。
ライフラインが復活したその翌日から、津波の被害を受けた岩手県の沿岸エリアに人命救助と災害調査のために突入しました。

震災からわずか5日後。
信じられない場所に、車や、船があり、街並みは跡形もなく壊滅状態の街。
私が沿岸エリアに突入した時は、自衛隊の方々が瓦礫の下から下敷きになっている人を救助している真っ最中でした。

「人はいつ死ぬのかわからない。」
初めて生きて「死」というものを身を以て感じた瞬間でした。
自分の命も「有限」であるということを肌を以て感じた瞬間でした。

そして、その時に私はいつ死ぬのかわからないのなら、

「もう自分の人生は自分が楽しいと思うこと以外には使わない!」
そう心に決めたのでした。
2ヶ月後。
救助活動や災害活動が進み、会社としての災害対応の態勢が整った、5月。
私は東京の本社に異動することになりました。

普通の会社員から、ベストセラー作家になるまでのリアル

クライアントさんはどうやって獲得することができるのですか?

東京に転勤して本社勤務となっても、どうしても頭をよぎるあの時の感情。
「いつ死ぬのかわからないのだから、
自分の人生の時間は自分が楽しいと思うことにしか使わない。」という決意。
「このまま会社員をしていていいのだろうか?」
その思いは日に日に強くなり、2011年10月17日に、
「もう自分が楽しいと思うこと以外に自分の人生の時間は使わない」
そう決めて会社員を辞めました。

10ヶ月続いた無収入の暗黒時代、自分の好きなこと・・・。
ということを考えた時に、当時の私は学生時代に9年間していた「野球」が思い浮かびました。
そこから、何かスポーツに関わる仕事をしたい。
そう考え色々探してたどり着いたのが、アスリートのメンタルトーレニングをする「メンタルトレーナー」という仕事でした。
会社員をやめる2ヶ月前から
メンタルトレーナー養成スクールに通い始めていました。
スクールに通うことで、メンタルトレーニングの技術がどんどん身についていきました。
メンタルトレーニングの技術が身につくことで、次第に私の興味は
「どうやってクライアントを獲得できるのだろうか?」という方に強く向いてきました。

当時はもう会社員を辞めていたので、ただ単純にメンタルトレーニングの技術を学びたいだけではなく、メンタルトレーナーとして生活していける収入を得たい。
「だから、クライアントさんの獲得の仕方も教えて欲しい。」そう思うようになりました。

しかしながら、当時通っていたスクールでは、プロのメンタルトレーナーになれる、好きなことを仕事にできる!という触れ込みだったのですが、

「どうやってクライアントさんを獲得することができるのですか?」と質問しても、
「とにかく無料で何人にも体験セッションをやり続けていれば、いつか有料で継続してやりたい!と言ってくれる人が現れるよ!」
と精神論のような回答。

私が知りたかったのは、まずこれをして、次にはこれをする。その後にこれをして・・・
この順番でやればお客様が獲得できる!
というような「お客様を獲得するためのレシピ」が欲しかったのです。

普通の会社員から、ベストセラー作家になるまでのリアル

誰も持っていなかった、個人がビジネスを持てば
自由に生きる事が出来る成功するためのレシピ

ここに居たらお客様は獲得できない。

そう感じた私は、この時から色々なセミナーを渡り歩き始めるようになりました。
そして、10ヶ月にも及ぶ無収入期間の暗黒時代に突入したのです。
どうやったらクライアントを獲得できるようになれるのか?
何をしたら個人で活動して生きていけるくらいの収入を得られるようになるのだろう?

その一心で、実に様々なセミナーや講座に通いました。
ビジネスの構築、ブログや、SNSの使い方などの講座にも行きました。
メンタルトレーニングだけでは自分自身の商品のメニューが少ないかな・・・と思い、
コーチングやNLP、心理カウンセリング等々を学び直し、資格やディプロマも獲得しました。
しかし、一向にクライアントは獲得することができず、
増えていくのは心理学やメンタルトレーニングなどのノウハウと資格ばかり・・・。
次第に貯めていたお金も減っていき、気がつけばあと1ヶ月半もしたら、
生活できなくなる状況まで追い込まれていたのです。

そんな時に、自分自身に足りなかったことは、ビジネスを構築するというマーケティングの視点だったことに改めて気がつきました。そこからビジネスについての学びを深めることによって、自分と同じように個人で好きなことを仕事にして活動する起業家の方々も同じようにビジネスの構築に悩んでいるのではないかと気づきました。
そこで、メンタルトレーニングの講座ではなく、個人で活動する起業家へビジネスを教えるビジネススクールを立ち上げることに方向転換しました。
その結果、多くの方から賛同を得ることで、自分自身の収入も、会社員時代の年収を、一ヶ月で稼ぐことができるようになったのです。

2012年4月。
個人起業家のプロデュースをする「USPクリエイター」としての活動を始め、
0の状態からお客様を獲得できるようになるための、手順を教える起業塾「The Class –S」(チームコンサルティング)を2012年8月にスタートすることになりました。

普通の会社員から、ベストセラー作家になるまでのリアル

0から月商7桁まで引き上げる成功確率
日本No.1となり、世界の権威との共演。

スタートからの5年間で、勉強会・講演会に関しては約7500名の方々に来ていただけました。
また、直接起業スクールで学んだ卒業生は623名になりました。(2019年現在)
門下生達は実に様々な成果を上げてくれています。

最終的に私が立ち上げた起業スクールでは、ゼロの状態から起業をした門下生が、6ヶ月で91.3%の確率で経営者としての収入が月7桁を超えるようになりました。

この非常に高い成功確率が評価され、2015年9月には『金持ち父さん 貧乏父さん』の著者、ロバート・キヨサキ氏のメンターであるロバート・アレン氏の1200人セミナーに日本の起業家5人のうちの1人としてゲスト登壇。
さらには、2015年12月にはあのアンソニー・ロビンズ氏の右腕とも言われている「影響力」の世界的権威テッド・マクグラフ氏の緊急来日1000人セミナーでもゲスト講師として招待していただきました。

そして2016年にセミリタイアすることを決意しました。
なぜなら91.3%の確率でその起業家の結果を出すことができるというのはとてもうれしいことである半面、自分の中ではある意味どういうふうにビジネスを組み立てたらうまくいくかということが全てわかってしまったという感覚があったからです。
つまり、このまま続けていったらこの自分の好きな仕事が流れ作業のように感じてしまう
自分の好きな仕事に対して熱意を失いたくはなかったので、それならば一番のピークである段階で一旦身を引きたいっていうふうに思うようになり引きたいと思うようになり、セミリタイアするという決断に至ったのです。

実は28歳で起業した時には、35歳までにセミリタイアをしようというのが一つの目標でした。
起業スクールの門下生をはじめ私の活動に関わってくれた多くの人達との素晴らしい出会いに恵まれたこともあって、33歳でセミリタイアすることができたのです。

普通の会社員から、ベストセラー作家になるまでのリアル

会社員時代に憧れていたセミリタイア生活、
しかし、そこに待っていたのは全く違う感情だった。

2016年からセミリタイア生活に入りました。当初は、自分自身の起業していた時の目標の一つでもあったので、ついにここまで来たかという感覚でした。好きな時に起きて好きな時に寝る、好きな時に海外旅行に行き、好きな時に自分が行きたいと思ったところでおいしい食事をする・・・会社員の頃に憧れていた、本当にそんな生活でした。がしかし、そうした生活を2ヶ月も続けた後に待っていたのは自分が想像をしていたものとは全く違った感情だったのです。
それは何かと言うと、完全な“不完全燃焼感”だったのです。言い換えると、それは退屈、つまらないというような感情でした。
自分がやりたいことがやれていて、お金の心配もない、時間も全く自由であるにもかかわらず全く充実感がなかったのです。そこからはセミリタイア生活をしながら、なぜあれほど自分が憧れていた生活ができているのに、こんな不完全燃焼感があるのだろうという葛藤、もやもやとの戦いでもありました。そして自分自身との問答を続けた結果、一つの結論にたどり着いたのです。
それは、人の役に全く立っていないから面白くないんだという答えだったのです。そしてセミリタイアから1年経った頃に、やはり人の役に立つということが自分にとっては本当に充実感をもたらしてくれることなんだということに気が付き、セミリタイア生活をやめて活動を再開しようという決意に至ったのです。

普通の会社員から、ベストセラー作家になるまでのリアル

セミリタイア生活をやめ、作家としての活動を始める

活動を再開するにあたり、以前と同じような個人起業家へのコンサルティングも一度は考えましたが、それは既に自分自身の中で一区切りがついていたので、どこか違うなというところがありました。
そして、活動再開の原点である、人の役に立ちたいということを改めて思い出し、ならばより多くの人達の力に立てるようになるためにはどうすればいいのだろうと考えました。

それまでの私の肩書きは「起業家プロデューサー」でした。
起業家プロデューサー、正直怪しい肩書きですよね。個人起業をしたい人ならこの肩書きでも耳を傾けてくれますが、普通に会社勤めをしていて起業に興味がない人からすれば全く怪しい肩書きだなと私自身も思っていました。
より多くの人達の力になるためには、より多くの人達が私の話に耳を傾け、心を開いてくれなければ意味がないと思いました。そこで、今の自分ができることの延長線上でより多くの人達が耳を傾けてくれる肩書きとは何なのかと考えた時に、かつて自分がやりたかったことが何だったのかを思い起こし、「作家」という肩書きに辿り着いたのです。
セミリタイアをする前に、起業に関する本を1冊出させていただいたことがあり、それがベストセラーになっていたことから、ありがたいことに出版社さんからまた別の本を出さないかというオファーをいただいていました。ただその時は、既にセミリタイアすることを決めていたのでお断りしていました。
そこで、その出版社さんにこちらから連絡をして、1年前のあの出版の話がまだ生きていたらぜひやらせてくださいと頼みました。幸いにも、ぜひ書いてくださいと言っていただき、そこから作家としての活動が始まりました。

普通の会社員から、ベストセラー作家になるまでのリアル

誰しもが変化を起こせるようになる本を
世の中に届けるベストセラー作家となる。

そうして出させていただいた本が、15万部を超えるベストセラーになった『神メンタル「心が強い人」の人生は思い通り』だったのです。さらには、その次に出させていただいた『神トーーク「伝え方しだい」で人生は思い通り』も10万部を超え、2作連続で10万部を超えるベストセラー作家となることができました。
ただ、これに関しては、当然ながら担当してくださった出版社の方々、そして読者の皆さん、何よりも出版や講演会をその都度手伝ってくれたプロジェクトチームのメンバーの支えがありました。
こうして、人の役に立っているという実感を再び得ることができ、自分自身もまた新たなステージへと上がって、自由な時間を持ちながら、好きな時に好きな仕事をすることができているという充実感にあふれることになったのです。
そして、2020年の8月に入籍することにもなり、自分の会社を東京に残しながらも家族との時間を大切にするために北海道の札幌に移住し、東京・札幌の2拠点生活をスタートすることになったのです。

2011年の被災をきっかけに私は起業しましたが、あの時の自分が思い描いていた通りの未来になったかと言うと、それは正直描いていた以上の未来が待っていたと感じています。
でもそれは、これからまだまだ大きくなっていくものだと思っていますし、何より一番思うのは、自分が未来を描くということさえあきらめなければ、どんな未来でも描くことができるのではないか、ということです。そして、それをこれからも本などを通じて世の中に伝えていきたいと思いますし、ここまで読んでくれたあなたと一緒にそんな未来を作っていきたいと思っています。

ここまで読んでくださってありがとうございました。

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